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    • 2020.04.30 Thursday
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    八戸のネカフェにて

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      どうも、しもにしです。


      初ネカフェで正直戸惑ってます。。


      このシステムは…若者にはもちろんのこと現代人にウケるはずですね。


      ということで個人ツアー報告です。


      0日目


      舞鶴港までは、当初自走するはずだったのですが、杉チャリの不具合によりいきなり京都駅から輪講することに。


      そして12日の午前1時に舞鶴港出発。船内で杉本は非常食食ってました 笑


      小樽に着いたのはそれから20時間後の午後21時。あたりは真っ暗で寝場所を探すのに一苦労でしたね。ほぼ杉本に探させました。


      やっと野球グラウンドらしき寝場所を発見すると、そこには一人のチャリダーが!関西大学の四回生だそう。初日から飯炊いてたりして、僕らもがんばらなあかんなーと、せめてテントだけでも張ろうということに。


      1日目



      朝6時に起きようとしていたのですが、5時にはグラウンド管理のおっちゃんが現れ、あたりは騒がしくなってました。おっちゃんと関大チャリダーと3人で世間話を30分ほどしていたのですが、なかなかおすぎが起きてこない。あきれて先に飯を炊いていたら慌てて起きてきて第一声「早いね野球部ぅ」


      おまえも元野球部やろ!


      そして関大チャリダーに別れを告げ僕らが向かったのは富良野方面。


      初日から飛ばす予定で富良野にはギリギリでつけるかなーと予想していたのですが、おすぎがパなく遅い!ご存知のとおり北海道の道路は直前道路が多くそれもまた長いことで有名ですがその直線道路で後ろにいた杉本が視界から消えるほど、ちぎっていました 笑


      結局、富良野には着けずに、近くの道の駅「鶴沼」で就寝。


      2日目


      この日は風が前日より弱く快走できるかと思っていたのですが、またもやジョンナムが遅れをとる!平均14、5キロで走っていたのですが、前日に引き続き視界から消えました 笑


      まあ、なんだかんだで目的地である富良野に到着し、初めてライダーハウスなるものに宿泊しました。


      宿泊料500円でさらにメロン付き。談話室みたいなところもあり、ライダーたちと交流していたのですが、またもやジョンがやらかすやらかす!


      ここでは長くなるので書きませんが、また聞きたい人はあった時にでも聞いてください。。


      3日目



      今日からはジョンとは別行動。


      彼は苫小牧港に18日までに着かねばならないらしく、観光したい僕にはついていけないとのこと。


      この日は朝から雲行きが悪く、案の定昼からぽつぽつと雨が降ってきて、南富良野のメロン畑で雨宿りさせてもらうことに。ここでもメロンをご馳走になりました。


      ここで渋っていてもやむ気配はないと諦め先を急ぎます。すると行く手に峠が…。これが意外に長かった。。必死のパッチでなんとか登りきりました。


      それを越えると本日の一番の難所、狩勝峠に!雨はやみつつあったのですが、あたり一面に霧が出だして、頂上は視界ゼロで本気でこけそうになりました。。


      あとは下って直線60キロ!


      帯広には3時半につき温泉で疲れ切った体をいやしました。実に走行距離155キロでした。


      4日目


      当初は襟裳は遠すぎるのでアプローチだけにして次の日に上る予定だったのですが、朝に気持ちが切り替わり、襟裳を目的地にすることに!!


      広尾までは難なく走れたのですが、広尾から襟裳岬までを結ぶ「黄金道路」が行く手を阻みました。


      海抜4〜6メートルの道が30キロも続き、至る所に津波注意の看板が…。さらに道路には津波用なのか排水溝も完備されており路面には水溜りが多数…。もう二度と行きたくないです。。


      この日はちょうど襟裳町でお祭りが開催されていたらしく、おっちゃんに呼び止められ参加することに。


      謎の酒を煽られ、千鳥足に。。結局民家にとめてもらうことになりました。


      5日目


      漁師の朝は早い!3時にたたき起こされ襟裳を後にしました。襟裳岬では横風風速20メートル、さらに霧で視界ゼロという泣きたくなる状況に。


      幸い朝早かったためか、車がほとんどなく、知らず知らずセンターラインを飛び出していても轢かれることなく襟裳を抜け出すことができました。


      海岸沿いをずーっと走っていたのですが、思いのほかアップダウンが激しく、萎えました。


      すると、苫小牧まであと30キロの看板が!あとはずっと下りと平坦道でらくらく3時半には苫小牧につくことができました。ジョンナムに電話をかけてみると彼は夕張にいるそう。なんと、彼より先に苫小牧についてしまった!


      嬉しくなって、意味もなく苫小牧を走り回ってました。実に走行距離215キロ!


      夜になって杉本と感動の再会!!


      一人で走ってみて、やっと杉本の大切さにきづく・・・ことはやっぱりなかったですね。


      しかし、初一人旅はお互いいい経験になったと思います。この経験を糧に21日からのなだれ込みも頑張ろうと思います。


      では皆さんごきげんよう!長文失礼!!

      名古屋のネカフェにて

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        金Dです。名古屋市内で泊まるとこがなく仕方なくネットカフェに入ったので経過報告致します。
        M山(マリ)と自分のぐだぐだ個人ツアー2日目が終了しました。おせぇよと思われるかもしれませんが自分の責任ではないと思うことにします。

        初日の昨日は自分の個人的な事情により旧友と天王寺で徹夜で飲んだあと朝から今出川に電車で向かったので出発時間は9時でした。
        この時点で夏をなめていました。
        案の定昨日は昼間は36度を越え、朝夕でも32度(道路の電光掲示板にて)
        正直想定外で、マリが途中で熱中症(?)にかかるというありえない事態に陥りました。
        お茶の飲みすぎによる血液中の塩分濃度の低下によるものだと思います。
        水分だけでなく塩分もしっかりとりましょう!
        1号線を三重と愛知の境程度までは抜けるという当初の計画は見事に頓挫し死にそうなマリのペースでゆっくり進むことに。
        未知の山道のナイトランは危険と判断し鈴鹿峠手前の道の駅にて野宿しました。
        サイクリストが他に2名いらしたので多少の交流を致しました。やっぱロードはやいっす。鈴鹿峠はきついとの情報を仕入れ、日の出出発を決意しました。
        先輩方は既に利用された方もいらっしゃるかもしれませんが。
        道の駅「あいの土山」はやはり1号線沿いなので宿泊場所としては車の出入り等の騒音の問題はありました。
        しかし目の前にローソンがある点では便利です。今の時期だとひぐらしの鳴き声が好きな人にはいいかもしれません(どこでも聞けますけどね)

        2日目。36時間不眠だった自分は見事に起きられず。マリに無理やりたたき起こされ5時40分ごろ出発。(平気で9時間爆睡)
        マリ曰く車がうるさく寝づらかったらしいですが疲れもありよく寝れました。
        病み上がりのマリのことを考え、また海沿いの道は飽きるし暑いし適当に輪行するという予定だったこともあり、夕方までに名古屋着けばいいや。というふざけた計画で出発しました。
        名古屋80kmという看板を発見し開始5分で早くもだれつつあるマリを追い立てつつ鈴鹿峠へ。
        だまされました。15分もかからぬうちに峠へ。急な登り傾斜もなくあっさり抜けきれてしまいました。(ただし急な降りはあります)
        そこを抜けると早いもので休憩を多めに挟みつつも正午前には名古屋へ到着しました。それにしても暑いですね。
        まぁ予定は予定だと思い、ちょっと早すぎると思いつつも夜泊まるところを適当に見て回るも日曜前日ということでネカフェも高く、18切符という武器を購入後、多少の休憩を挟んで線路沿いを軽く走って泊まるとこ探そうと提案しました。
        「ちょっとだるいっす。」
        即、却下されました。
        マップルを広げたマリはユースホステルでいいやと。
        1泊4400円とのことで3時にチェックイン。マリは「夕食まで寝る。」と言い5時まで寝ていました。自分は甲子園とオリンピックを見てました。
        レスリングつよいっす。金取れたようですね。
        名古屋駅ビルで夕食後、荷物だけ置かせてもらって手提げのハンドバック(紙製)のみの私はただいまこうしてネットカフェに3時間パックで立てこもっております。

        もうすぐ追い出されます。行き先は未定です。以上、また続きはWebで。

        1回生日帰り個人ツアー〜舞鶴編〜

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          どうも、法学部1回生藤井と文学部1回生藤原です。今日は先日キャンピング後に行ってきた舞鶴までの個人ツアー報告をさせていただきます。まいどー
          当日は朝4時久世橋に集合。しかし、家が近所の藤原はまだしも、藤井は既にこの時点でバテ気味。早くも10分の休憩を取ってから、いよいよ出発です!
          極度に方向音痴である藤原(後帰ってくる際にだいぶ長い間家の近所で迷ってました)がCLを務めるのは当然不可能ということで、国道9号にのるまでは藤井がCLを務めます。9号沿いに行くと、まずは1つ目の峠、老ノ坂!!最初の難関の到来です!
          道路が暗く、トラックが多かったのでなかなか上るのは大変でした。藤井は大阪からの自走がたたってか、結構参ってました。
          そのまま亀岡まで突っ走り、途中のコンビニで朝食を購入、そして食う。ここら辺でちょうど夜明け。
          亀岡からさらに走り園部へと向かいますが、結構向かい風がすごい!しかも吹きさらしの道なので、もろに風を受けます。CLを交代し合いながら園部に到着。再びコンビニで休憩。この休憩は2つめの峠に向けての休憩でもありました。
          峠に登るのが嫌で、なんとなくテンションダウンしつつも出発。今回の峠は初めから自由ランとしました。しかし、ダラダラした上りが結構長い!こうして徐々に体力を奪われつつ、峠を越えて一気に道の駅丹波マーケスへ。そこで休憩。子ども会か何かわからない大量の子供&保護者の方々を横目に、再び出発。
          27号に乗り換え、少しの間は快適に走っていたのですが、綾部を越えるあたりから結構つらいものとなりました。車は多いわ道は狭いしガタガタやわ、クオリティ低過ぎます。ついに舞鶴市の看板が見えてきたとき、同時に「また綾部にお越しください」という看板も目に入ったのですが、だれがこんな所にもう1回来るかと思いました。
          西舞鶴に着いてから、休むことなく目的地の東舞鶴に向かって方向転換。クソ暑い中、ダラダラと坂を上っていきます。何の予備知識もなく来ていた藤原がしきりに道が正しいのか心配する場面もありましたが、要らぬ心配もいいところです。って言うか、地図ぐらい事前に少し読んどけ!
          お国の財産であるイージス艦を横目に、ついに目的地、赤レンガ倉庫群に到着!。…あれ、何かしょぼいな…。まあええか。
          目的地到着を喜ぶ2人だったのですが、何となく様子が変な藤原。何か荷物を引っかきまわす…。「あら、携帯落としちゃったみたい…」(!?)
          は?って感じですが、ほっとけないので一応藤井も一緒に探します。が、やっぱり見つからず。2人テンション急落。藤原は近くの東舞鶴警察署に直行。落し物届けを出す際に受付の婦警さんに「こんなところまで自転車で来んなや!」って目で見られます。
          とりあえず、あとは京都府警の実力に任せて我々は空腹を満たすべく市街地へ。舞鶴と言えば、まぁ海鮮丼あたりやろうか?と思いますが、実は肉じゃがの日本初上陸がこの街だったとか。ともあれ観光課のある東舞鶴駅へ駆け込む。そこで紹介された店のメニュー表、4桁の数字しか並んでません。学生の経済力考えて紹介して頂きたいものであるなぁ。結局、一番安価な定食をオーダー。味はよかったしまぁいいか。
          食後は店の前の海岸で一休み。目の前を遊覧船が通り行く…。一気に疲労感が込み上げてきました。そもそもなぜ舞鶴なんてとこに来たのか?そう問うてみると、2人の頭の中にあの男の顔が思い浮かびました。そう、金Dであります。「来もしないのに舞鶴舞鶴言いやがって…」という少し理不尽な怒りが芽生えます。
          その後アイスを食べつつ、藤井は昼寝をしつつ(あいつがおかしいぐらいに日焼けしているんは炎天下、道端で寝てたからです)、思い思いの時間を過ごし2時半、金Dをさんざん罵倒しながら東舞鶴を後に。さらば軍港と肉じゃがの街…。
          帰りは趣を変えて府道51号線を進みます。っていきなりものスゴイ坂!地図を見ていなかった藤原(再び)は前半調子よく登るも、後半は当然死亡。ちょっと下ってまたすぐ上るというフェイントはうざすぎます。
          その後は下り三昧!一気に1号線に合流!下りが恐ろしくノロい藤原はここでも死亡。
          携帯を落とした可能性のある27号線をひた走りますが、結局やはり見つからず。明らかに落ち込む藤原。夕食は、藤井に縁の深いすき家 で。そこでも一眠りする藤井。どんだけ寝るねん!!
          その後亀岡で別れ、藤井は府道6号(寂しげな道)+170号(外環)で、藤原は9号線を走る行きと同じコース+京都市内に入ってからのまさかのコースアウト30分程度で無事家に帰りつきました。帰宅時間はおよそ11時…
          今後も暇さえあればどこかへ個人ツアー行くつもりなので、その際はまた報告させていただきます。それでは!


          富山から自転車で広島まで行ってこようと思うまとめ

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             松沢です。2007年夏に富山県の実家からなだれ込み集合地の広島県尾道駅まで全自走した旅のまとめです。

             出発前にはじめてチェーンを変えたら変速できなくなった。というか手動で変速してもだめで、ある組み合わせでしかまともに走れない。しかものぼりではこいでもチェーンが落ちてこげない。当然しんどい、というかのぼりイコール押し
             それでも石川県を一日で横断し、無事に寝床(福井県の道の駅)に着いた、と思ったら、よく私が武勇伝として自慢ている例の仲間割れリンチにあったばかりの不良に話しかけられる。見て分かる怪我をしており、財布とか靴とかベルトを取られて動けないようでした。どこから来たの?とか聞いてくるので、まだ私のことをかつあげではなく興味の対象としか見ていないと判断し、ほかに寝床の当てもないので、同情したように見せかけてジュースをおごって手なづけることにした。すると彼も心を開いてくれたのか、自転車の盗み方とかいろんなことを話してくれた。不良の世界にもいろいろあるんだと思った。万引きしてきたおにぎりを一口食べてまずいといって投げ捨てるのをみて震え上がりましたが、根は結構いい子でした。最後には私が買った一本の缶ジュースを交互に飲みながら語り合う中になっていた。
             翌日荷物の貴重品が無事だったことを確認して出発。今年は猛暑だった。去年は北のほうを走っていたので、これは地方によるんだと思って、四国になだれ込みを設定したことを後悔しながら走り、押した。長いのぼりを押して、道の駅に入った。まだ昼前なので、少し休んだら出発するつもりだった。しかし、あまりのクーラーの涼しさに負け、なかなか動けなかった。それでも重い腰を上げて自転車のほうに向かった。ふとサドルに触った。ごめん無理。ということで半日まるまる引きこもり。こういうときに備えてもってきました国語辞典(電子ではない。こいつを夏合宿まで運んだ俺っていったい…。
            次の朝、くるった予定を調整するため爆走。おなじみ京都府京都市新町ボックス泊。亀谷たちがいてびっくりしたなー。吉田は九速になっていたし。
            ボックスには三泊四日の日程で引きこもり、自転車を直し、ブロック仕様に。OBの方がいらっしゃって軍資金を頂きました。本当にありがとうございました。そして出発の朝。後ろブレーキが壊れていることが発覚!というか部品をなくしてしまった模様。(日程的に)もうこれ以上引きこもれない!途中で購入するまで後ろの荷物の重さに賭けよう。去年の西田も大丈夫だったし。
             それでもちゃんと次の道の駅に着いた。室内で寝られるなんて今年キャンピングで私たち一斑が泊まった道の駅に似ているなあと思った。設計者同じじゃね?翌朝走り出すと、なんかキャンピングで見たことのある風景だった。あれ、ひょっとして同じ道の駅?やっと気づきました。キャンピングのときは風邪で瀕死だったので覚えてなかった。
            翌日は自動車専用道路に迷い込んでナイトランという事態にマジ泣き寸前でしたが(今思えば景色はよかったがようなきもするが)、親切なおじさんに道を教えてもらい脱出。自分が異常な量の汗をかいていることに気づいた。すると別のおじさんが風呂に入れてあげるといってきた。ふと舞鶴のO野さんが頭をよぎったが、風呂に入りたかったのでついていった。結果、とてもいい人でした。たまに自転車乗りが迷い込んでくるらしく、風呂に入れたのは三人目らしい。感謝です。
            二日後(飛びすぎ)、何とかなだれ込みまでにブレーキを直し、集合日前日に集合地まで到着。でもどこで寝ようかな、と思っていると自転車で移動しながら環境保護を訴えている団体の人たちに出会った。ここら辺には野犬が出るらしいとか言うので、彼らが泊まる協力者の家に泊めてもらった。泊めてくれた人も大学生で下宿生だった。十数人が寝るのでぎりぎりがったが野犬と一緒に寝たくなかったので、お願いした。ほかにも代表の方が尾道ラーメンをおごってくださり本当にお世話になりました。感謝しています。あと彼らと話しているとき、鈴木と中村も合流したが、定員オーバーで彼らは泊めてもらえなかった。駅で志水さんと田宮と寝たようです。ごめんなさい。裏切ってクーラーのきいた部屋の中で寝ていました。しかしなぜかその日一回生と別れるときに変な飲み物をもらった。そういう団体じゃないから!でも一応ありがとう。そして泊めてもらった人と別れるとき、お菓子とかいろいろもらった。何で自転車に乗っているとここまで支援してくれるんだろう。本当にありがとう。
            そして、なだれ込みへ…

            個人ツアー もうひとつの本州脱出計画

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               新資料局長の松沢です。よろしくお願いします。アクセス解析を見ると、このクラブの規模に対して非常に多くの方々がこのホームページを見て下さることをとても嬉しく思うと同時に、その期待にこたえるだけの更新ができない状態が続いていることを申し訳なく思っております。対策は色々考えておりますが、とりあえず今私が出来ることとして、2007年夏に私が走った一人旅の報告をしようと思います。四国に脱出したなだれ込みと同じ広島県尾道駅から今度は鹿児島県志布志港まで全自走した、約10日間の記録です。

              熱い、熱い夏合宿を終え、同早下見が台風で延期になったので、当初下見後そのまま行こうとしていた個人ツアーも延期し、十八切符で二日かけて福島から京都に戻った私は、文明に再びつかろうとしていた。本当は体と精神を休めるだけのつもりが、見事な文明適応能力を見せ、夏合宿を(いろいろありましたが)何とか乗り切った自転車戦士から引きこもりにあっという間に変えてしまった。しかし、このままではいけない、今みたいにまとまった時間が取れるのも今のうちだけだ、という気持ちが私を動かし、十八切符が切れる前日夜に一人さみしくボックスに向かい、スリックに履き替え、翌朝尾道駅へ向かって輪行で出発した。すると、途中で井下さんと阪本さんに偶然遭遇。なぜか井下さんは私を見て「めっちゃおもろい」を連発し、写メールまで取られた。一方私は、夏合宿を乗り越えた開放感も文明の便利さも断ち切って、今なお自転車と真摯に向き合おうとしているこの私が、どうして「めっちゃおもろい」と連呼された挙句、写メールをとられるというあのス○ウライダーと同質の笑いの対象にされないといけないのかと、握りこぶしを震わせながらその言いようのない悔しさに耐えていた。
               それでも電車なので無事になつかしの尾道駅までやってきました。あれ、懐かしい?そんなに前のことじゃないはずなのに。なんだかこの近くになだれ込み四国班のメンバーがいそうな気さえしてきた。ミスタードーナツあたりで何か食べているんじゃないかって思った。そんなわけないけど。
               当時私は野宿するなら
              道の駅>(越えられない壁)>公園>>>>鉄道の駅
              という不等式があったので、時間的に中途半端な今日は、方向は違うが距離的に手ごろな道の駅に向かった。そして着いた。飯を食べた。明日のコースも決まった。あれ、これからどうしよう。いつも何やっていたっけ。ずっとクラブ員と走っていたので、一人旅の仕方を忘れていた。いつもは疲れてすぐに寝るのが普通だということを思い出して、道の駅はまだ明るかったのでとりあえず隣接している図書館で寝ることにした。でも疲れていないので眠れない。すると誰かが近づいてきた。普通に怖かった。時間外返却に来た人だった。返却ポストのすぐ近くで寝ていることに気がついた。きっと向こうも怖かったと思う。すみません。
               しばらくしてかなり暗くなったがまだ眠れなかった。すると真夜中にすぐそばでサッカーをして遊ぶ人たちの声が聞こえていた。状況、彼らの会話などを総合して判断するに、彼らは不良であることがわかりました。こっちは一人で芋虫状態に対してあっちは(推定)六人の元気いっぱいな不良です。私の危険センサーがイエローゾーンに突入しました。おかげでずっと眠れなかったと同時に旅に出たこと自体に後悔しそうになった。ひとり野宿自体は何十回もやっているのに。
               翌日、某匿名掲示板で実況しながら関東某所から九州某所を自転車で目指している人に出会った。彼とであってこの旅に出てよかったと思える人でした。自分が苦労して走ってきた道を彼も走ってきたということが二人の距離をすごく縮めた。彼に教えてもらったネットカフェ泊は快適でやばかった。
               次の日は泊まった道の駅で自転車日本縦断者に出会った。目的地もほとんど一緒だった。一人旅同士だと、本気でこのままずっと一緒に走ろうと思えば、可能になっちゃいそうなところも一人旅の魅力だと思う。また、この時期は大学の夏休みを利用した縦断者の多くはこの近くにいるんだと気づき、同類とのエンカウント率が高いことを知り、わくわくした。
              ちなみに、このころふと自転車は体の一部という感覚に襲われ、ついにここまできちゃったかと思った。この夏、ほとんど毎日起きている時間の半分くらい乗っていたからなー。
               その後、九州に突入し、真の目的である中津江村のわさびソフトを目指す。結構な峠の先にそれはあったが、ソフトクリームのために上った。超直前に鬼アップがあったような気がするが、無事に食べられた。味は別にそんなおいしいわけではないが、わさびを確かにソフトクリームで表現されたことはすごいことだと思う。
               無事にわさびソフトを食し、もういつ帰ってもいいや、と思ったが、山の中なので下りないといけない。下りたところの近くにメロンドームという道の駅があるのでせっかくなので、行ってみることにした。すると、そこで食べたメロンソフトが感動するほどうまかった。ここまで旅してきてよかったと思った。そしてもう少しこの旅を頑張ろうと思った。
               熊本のネカフェにとまった日、台風の情報を察知した。注意報やら警報やら九州全体がやばそうだったので、緊急脳内会議を開催、活発な意見交換が行われた。その際に出た意見として、
              一) 近くの健康ランドに一日中立てこもる
              二) 予定のコースが線路沿いなので、やばくなるまで頑張り、やばくなったら輪行なり何なりで何とかする
              三) すぐ帰る
              などがあるが、二)は論外、三)は輪行高いししんどいからフェリー乗り場まで頑張れ、という意見が多勢を占め、立てこもることにした。一人旅マジで万歳である。
               立てこもった結果、まるでポケ○ンセンターに預けられたポ○モンのように回復した。
               その後、何とか志布志まで着いた。一回生のときの春合宿の集合地でもある思い出の地でもある。後はフェリーに乗って帰るだけ。フェリーの中で一人バイキングのささやかな打ち上げを決行した。持ち込む食料を買い忘れたともいうが…。
               大阪に着き、田辺まで自走したかったが関西マップルを持っていなかったので、中国・四国マップルの範囲の天王寺駅で妥協し、輪行した。そして田辺帰還。でもその当日に大学に成績をとりに行くというイベントは泣けます。
               翌日、二回生で集まった時、尾道駅で何してたの?と聞かれた。この旅について、井下さんと阪本さんに目撃されただけで特に誰にも言っていなかった。このクラブでは、一人が知っていることはみんな知っている…
               こうして、一気に現実に引き戻された…と思ったら数日後に同早下見が…


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